ウドー音楽事務所ライブチケット購入顛末記 1980年代の巻

80年代に大森庸雄さんがやっていた ROCUPATIONというラジオ番組には本当にお世話になりました

••••とは言っても知らなかった曲を教えてもらったとかじゃないんです

えっ じゃあ何を~(・・?))

時は1980年代、外タレ(この言い方も超懐かしい)が来日する時、結構文化放送(と、この番組)が後援することが多くってさ。となると、その来日の事前情報をこの番組の中で大森庸雄さんが言うんです


「そろそろ、○○の来日が決まりそうですよ」的な。


すると、われわれはこう思うんです。


「来週辺りにウドーで発表するな」と。





大森庸雄のROCUPATIONだけじゃなく、色んな情報筋からマユツバ情報もありましたけどね


ここからがウドーでのチケット獲得の涙ぐましい物語です。少し長いですけど、私の思い出話に付き合ってください





んで、ここからは賭けなんですけど、翌週の日曜日深夜から、ウドー音楽事務所に整理券配布を受取りに並ぶんです。ウドー音楽事務所がある通りを挟んだブルックスブラザーズの前辺りに。

で発表されれば深夜に整理券もらえます


言っときますけど、正式発表してないんで、いつ整理券が出るかわからんのです その状況で並ぶんです

だから月曜日から金曜日まで毎日深夜に行ったけど、発表されずというたまったもんじゃない事もあったし、逆にビンゴで0番台の整理券もらったことも多々あった


人が来た時は、キターーーーーって感じ


ウドーの人じゃなくって人と書いたのは訳があって、実は2時頃に現れるのは多分ウドーの人じゃないんだな。常連の事情通の人か?


ただ、最後の関門とも言えるものがあって、大学ノートを持った人が列に並んだ一人一人に順番に聞くんです。素っ気なく••••

その人「誰

私「オジー オズボーン!」

その人「ハイ、ダメ」

••••そうなんです。新聞発表前なんでちゃんとアーチスト名が合ってないとダメなんです

こんな場合はもう一回後ろに並ぶしかありません。

「ホール & オーツ」

「ハイ OK」 みたいな

情報が違ったり、同じ週に複数の外タレが発表される場合あって、結構ザラでしたね

だから、先に並んでる知り合いがいたらコソッと耳打ちしてもらってました


ふう


でもまだ実は整理券はもらえないんです

アーチスト名が合ってたらその人の大学ノートに名前を書いてもらうんです。つまり、整理券をもらう為の整理番号というわけ


で、朝7時頃に正式にウドーの前にこの名前順に並んでやっと整理券がもらえるってわけっす。 もう書くだけでもその大変さが思い出されるわぁ••••



で、まだチケット買えません

今度はその週の土曜日(正式発売日)朝9時頃?に乃木坂のキャバーンというレストラン(喫茶店?)に行ってその整理券と引き換えにチケット購入となるんです。

整理券握りしめて列に並んで、とうとう店に入ると奥のテーブルにウドーの人がいて

ウドー「何枚?」

私「2枚」

でにっこり現金払いでやっとチケットGET


長い道のりですが、私はこれで学びました。


努力は必ず報われる


チケットぴあもありましたけど、これが最高の席をGETする方法でしたね


めちゃくちゃアナログでしたね

でもおかげでいろんな知り合い出来たし、GARY MOOREやMSGとかKISSとか本当に数知れず1列目で観ました


いつからかその後、整理券配る場所がウドー(ブルックスブラザーズ前)じゃなく青山墓地近くの青山チケットエージェンシーに変わった記憶あるけど••••もう忘れちゃった


青山チケットエージェンシーに変わってからは意味のわからん大学ノート経由の整理券配布じゃなくなってちょっとは楽になった

こんなことしてた人いたら教えて下さい。懐かしい話したいなぁ ( ´Д`)y━・~~


実は筋金入りのメタラーだったグラハムボネ太郎なんです


最後に大森庸雄さんに感謝を込めてのROCUPATIONオープニングテーマだったコージー パウエルの『THEME ONE』を聴いて思い出に浸ろうっと






その時に知り合った年上の女性の吉田さん、今頃どうしてるかな? まだメタル聴いてるかな?





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コメント

No title
こんばんは~。
チケット確保のための行程、全然知りませんでした!!
今はネット&クリック!が当たり前ですからね。
そしてコージーに釣られてしまいました♪何でこんなに漢前なんでしょうね~。
ちなみに、MSG時代のビキニ姿の写真が手元にあります♪
私は当日の朝刊で
ウドーの整理券私も並んで取りました。朝刊で来日決定記事を見つけたら
東京公演なら青山へ横浜公演なら横浜ウドーへバイクに跨り疾走してました。
家が遠かったので2,30番台貰えれば良い方でしたな。

一番良い席だったのはウドーじゃなくキョードーで1990年のPaul初来日で
アリーナ3列目でした^^
妄想しぇり子さんへ
そうなんですよ!
超大変でしたが、その分ものすごいいい席でライブを観れました(笑)
まあ、ここまでやったらそりゃそうだと
まじで、1週間並んでも発表されずにめちゃくちゃ無駄足だったことが何度あったことか!
コージーのビキニ(゚o゚;;
興味なーーーい! (笑)
jackteraさんへ
いやぁ、同じことしてた方がいたなんて!
jackteraさんは、青山チケットエージェンシーだから私よりちょっと後っていうことですね(笑)
でも、青山チケットエージェンシーにも行きましたから、顔を合わせてますね!
暗いから顔がみれないけど(笑)
墓地の前だし、ビートたけしがバイクでこけた場所に近いし(笑)
太郎さん、まいど
気合い満ちた活動ですね。さすがです。うらやましいよ。東京の人は。今ではなかなか会場が満席にならない外タレ公演が多いですが、当時はチケット入手がとても困難だったのですよね。わすもこのコージーパウエルのアルバムをもっていますよ。わすのチケット入手思い出は、大学生のとき、ジューダスプリーストのペインキラーツアーの大阪公演のチケット入手で、京都駅前のチケットぴあに早朝から並んだことです。ちゃんと買えて、初ジューダスプリースト参戦ができたよ。あとで知ったのですが、すぐにソールドアウトになったようです。苦労しないとだめよね。何かを手に入れるときには。
パリの散歩道さんへ
アナログだからこそ、努力がきちんと報われる。
ある意味でとてもいい時代でした(笑)
今じゃ出来ないけどねん
こんばんは♪
ボネ太郎さん、こんばんは♪大阪と東京、多少の違いはあれど「チケット軍団(通称:軍団)」がウドーのチケットを牛耳ってたのは同じだと思います(^-^)
関西では大阪ウドーにインフォメーション電話があって、夜中のいつかわからない時間に「xxxの来日が決まりました」というアナウンスに変わるんですよ。
その翌日か翌々日に整理券が出てました。
だから夜中に公衆電話をかけるかける(笑) 
「インフォが変わった!!やっと整理券が出る!!」とウドー前で騒いでたのを覚えてますw
チケット軍団はそのインフォメーション電話が入る前からヤマ張って並んでいるので、1週間くらい徹夜で並んでる場合もあったのかも。
ロックファンは軍団が並びを始めたら来日が噂されているバンドが来そう、
ってわかるので点呼表に名前を書きに行ってたと思います。
東京みたいにコソコソとバンド名を伝えて間違ったらブー、みたいなシステムはなかったような?(^^;)

しかし軍団って凄いネーミングですよね(笑) 
「あの子、軍団の子だし~」みたいな感じで普通に会話に出てきてました。猿の軍団みたい(爆)

あの頃って並びをしてチケットを取ること自体、楽しんでましたよね。
そこでどんどんメタル友達が増えました♪ 頑張ったら前の席が取れてた時代ですしね~。
今みたいにネットダフ屋が前の席をかなり押さえてるなんてことはなかったから健全と言えば健全だったかも?
Yuko_nijiさんへ
う〜ん、こそこそとどっちがいいんだろ?
東京ウドーは、「◯◯の来日が決まりました」みたいなアナウンスは無かったような気がする。
だから、朝刊で最終確定なんだけど、その前だからこそこそスタイルだったのかな?
それにしても、軍団って(笑) なんていう話をこの時代に見ず知らずの二人(三人)がしてるのってそっちの方が笑える

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